こんにちは。
千葉県で墓石の仕事をしている、有限会社互大互施工の三代目の石工です。
今回は、石屋としてではなく、一人の人間として、そしてご先祖様を持つ一人の家族として、私が皆さまに伝えたいことを書いてみたいと思います。
「ご先祖様あっての自分」
真言宗、日蓮宗、浄土真宗など、仏教以外でも日本にはさまざまな宗派があります。
それぞれに大切にされている教えや、お参りの仕方、お墓に対する考え方があります。
私は石屋として、そうしたそれぞれの宗派やご家庭の考え方を尊重しています。
そのうえで、私自身が一番大切だと思っていることがあります。
それは、
「ご先祖様あっての、今の自分」
ということです。
今、自分がこうして生きている。
家族がいて、子どもがいて、毎日仕事をして、ご飯を食べて、温かい布団で眠ることができる。
その一番最初には、自分の父や母がいます。
そして、その父や母にも父や母がいる。
さらにその上にも、ご先祖様がいる。
何代も何代も遡っていけば、数え切れないほど多くの人が、自分へと命をつないできてくれたことになります。
今の自分は、その長い命のつながりの先にいる。
そう考えると、今こうして生きていること自体が、決して当たり前ではないように感じます。
小さな幸せにも、感謝できる
もちろん、今の時代も大変なことはたくさんあります。
仕事のこと、家族のこと、お金のこと。
人それぞれ、いろんな悩みを抱えて生きています。
それでも、ふと立ち止まって考えてみると、
屋根のある家がある。
眠るための布団がある。
温かいご飯を食べることができる。
温かいお茶を飲むことができる。
そして、家族と一緒に過ごすことができる。
そんな何気ない日常があります。
私は、そうした小さな幸せの一つひとつにも、
「ありがとうございます」
と言える心を持っていたいと思っています。
そして、その今をつくってきてくれた存在の一つが、ご先祖様なのではないでしょうか。
私が祖父から教えてもらったこと
私の祖父は、現在の会社の創設者でもあります。
祖父は、奈良の東大寺で得度を受けています。
そんな祖父から、私は昔からご先祖様やお墓について、いろいろなことを教えてもらいました。
その中でも、今でも心に残っている言葉があります。
お墓や仏壇は、ただ亡くなった方のためにある場所ではない。
今、自分たちがこうして生きていられることを、
という考え方です。
例えば仏壇にお茶をお供えするとき、
「こうして今日も温かいお茶が飲めています。ありがとうございます」
温かいご飯をお供えするときには、
「今日も家族と一緒に、温かいご飯を食べることができています。ありがとうございます」
そんな気持ちを持つことが大切なんだ、と教えてもらいました。
お供え物には、亡くなった方に「どうぞ召し上がってください」という意味など、さまざまな考え方があります。
私は、それらの考え方を否定するつもりはありません。
ただ、自分自身は、
「今こうして幸せに暮らしています。ありがとうございます」
と伝える場所として、お墓や仏壇を大切にしたいと思っています。
お墓を大切にするということ
私は石屋という仕事をしています。
だからこそ、「お墓を大切にする」ということが、とても素晴らしいことだと思っています。
お墓があれば、そこへ行って手を合わせることができます。
掃除をして、花を供えて、近況を報告することもできます。
子どもたちを連れて行けば、
「ここにあなたたちのご先祖様が眠っているんだよ」
と伝えることもできます。
そういう意味で、お墓という場所には、命のつながりを思い出させてくれる大きな役割があると思います。
一方で、今は昔と同じようにお墓を守り続けることが難しい時代にもなっています。
高齢になって、お墓参りに行くことが難しくなった。
遠くに住んでいて、なかなかお墓を管理できない。
経済的な理由で、新しくお墓を購入することが難しい。
後を継ぐ人がいない。
さまざまな事情があります。
だから私は、墓じまいをすること自体が悪いことだとは思っていま
改葬して別の場所へ移すことも、永代供養を選ぶことも、樹木葬を選ぶことも、それぞれのご家庭にとって大切な選択だと思います。
お墓がなくなっても、ご先祖様への感謝はなくならない
大切なのは、お墓があるか、ないかだけではないと思うのです。
たとえ墓じまいをして、お墓がなくなったとしても。
別の場所へ改葬したとしても。
樹木葬を選んだとしても。
心の中でご先祖様に、
「今日も家族と一緒に暮らせています」
「温かいご飯を食べられています」
「子どもたちと一緒に過ごせています」
「この身体を与えてくれて、ありがとうございます」
そう伝えることはできます。
私は、それが一番大切なのではないかと思っています。
今の自分たちは、長い命のつながりの先にいる
同世代の友人たちを見ていると、ご先祖様やお墓について考える機会が少なくなっていることを感じることがあります。
もちろん、大切にしている人もたくさんいます。
ただ、仕事や子育て、毎日の生活に追われていると、自分の何代も前のご先祖様のことまで考える機会は、どうしても少なくなるのだと思います。
だからこそ、私は石屋として、こうしたことを伝えていきたいと思っています。
私たちは、突然ここに現れたわけではありません。
父と母がいて、そのまた父と母がいて。
その先にも、たくさんの人たちがいました。
時代を遡れば、戦争を経験した人もいるでしょう。
大きな災害や、貧しい時代を生き抜いた人もいるでしょう。
それでも、その一人ひとりが命をつないできたから、今の自分たちがいます。
今、自分が家族と笑っていられる。
子どもと一緒にご飯を食べられる。
安心して眠れる。
そんな当たり前に思える毎日も、長い命のつながりの先にあるものです。
お墓は「感謝」を思い出させてくれる場所
私は石屋として、お墓を建てる仕事も、直す仕事も、墓じまいをする仕事もしています。
一見すると、すべて正反対の仕事に見えるかもしれません。
でも、私自身が大切にしている考え方は、どの仕事でも変わりません。
お墓があるなら、その場所を大切にしてほしい。
そして、
もしお墓をなくすことになったとしても、
それが、私が石屋として、そして一人の人間として伝えたいことです。
お墓は、ご先祖様を大切にするための一つの場所です。
でも、ご先祖様への感謝は、お墓の中だけにあるものではありません。
今日、温かい布団で眠れること。
家族と温かいご飯を食べられること。
子どもたちの笑顔を見られること。
そんな日常の中にも、ご先祖様からつながってきた命があります。
たまには立ち止まって、
「ご先祖様、今日もありがとうございます」
と心の中で伝えてみる。
私は、それだけでも十分に意味のあることだと思っています。
お墓があっても、なくても。
形が変わっても。
これからも、ご先祖様への「ありがとう」だけは、忘れずにいたい。
そして、そんな気持ちを次の世代にもつないでいくこと。
それが、三代目の石屋である私が、これからも大切にしていきたいことです。
